2011年03月28日

一週間。15日

14日に来れなかった人たちもほとんどの人が出勤して来て、朝は職場も少し活気が戻りました。

でも、16時くらいに会社から、「明日は自宅待機になるかもしれない」との通達がありました。
しかも、15日は早めに退社ということで、急に明日の仕事を前倒しでやり始めました。

15日から、横浜*青葉台の雑貨屋『hono*bonon』さんで「*春うらら展*」が始まりました。
こんな時期に、予定通りに開催するって大変なことだったと思います。
期間を当初の予定から1週間延ばしていただいて、頭が下がる思いです。

私も参加させていただきました。
春らしい身につけるものとお題をいただいていましたので、バッグとマフラーにしました。

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ふわっとしていますので、手に取っていただいて少しでもほっとしていただけたらな〜と思います。

病院に一泊したトラックは、少し元気になって我が家に帰って来ました。
朝夕、飲み薬を、飲むトラックも与える私たちもがんばります。
posted by たまポン at 01:33| 神奈川 ☁| Comment(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月22日

一週間。14日

会社泊あと、12日に退社する時、「明日ゆっくり休んで、月曜日にお目にかかりましょう」と言って別れました。

月曜日になったら、いつもの一週間が始まると思っていました。
・・・
月曜日に出社したのは、3分の1くらいでした。
私もいつもの倍の時間がかかり、定時に遅刻しました。

電車の不通が続いていたのです。
その後も、区間不通があったり、通常より少ない本数での運行が続いています。
朝、電鉄会社のHPをチェックするのが、習慣になっています。

この日は地震の前に予約した、ノエルの去勢手術の日でした。
数日前から、元気がなくなったトラックと共に、主人が午前中に2匹を動物病院に預けました。

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夜、トラックは無事に帰って来ましたが、胃に潰瘍があるって言われたトラックは、病院に一泊しました。
いろいろ重なりました。

posted by たまポン at 00:25| 神奈川 ☁| Comment(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月21日

一週間。13日

日曜日・・・

会社泊の翌日が日曜日でよかった〜
とりあえずゆっくりしよう。

精神的にも疲れていると思う。
被害なんて大したことがないのに、疲れている。
被災者の人たちは、いかばかりかと思う。

津波の映像には驚くばかりです。

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大地震の中、我が家を守ってくれたみなさんです。
ありがとう。

posted by たまポン at 18:58| 神奈川 ☔| Comment(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

一週間。12日

会社で朝を迎えました。

長い夜になると思いましたが、思ったより早く感じました。
0時くらいまでは、ぐだぐだと仕事して、それから朝までは、ネットでテレビを見ていました。

家族との連絡・・・
主人とは、11日22時過ぎに携帯に電話がありました。
それまでメールがつながりやすいというので、メールを何度かしましたが、返信はなく、心細かったです。
家に帰ると、11日15時過ぎに留守電が入っていました。
主人も会社に泊まり、帰宅は12日18時頃でした。

実家から、メールがきました。無事に会社にいると返信しました。
弟にもメールで連絡しました。偶然その日は早退していて家にいたそうです。
停電があるということを知りました。
いとこが携帯に電話をしてきました。なぜがその時は通じました。
「どうして今話せるの〜?」って話しながら思いました。

朝になり、電車が走り始め、帰宅する人が出てきました。
歩いて行けるところまで行って、動いている電車に乗ってなんとか帰宅する作戦です。

最寄りの駅に様子を見に行ってくれた人によれば、多くの人が一夜を明かしたそうです。
暖かい会社にいて、お湯がでて、トイレを自由に使えて・・・
自分がとても恵まれていたことを知りました。

朝食のための備蓄食糧が配られました。
とてもおいしく感じられました。

徒歩で帰った人から、差し入れがありました。
手作りの明太子おにぎりです。
カップのお味噌汁、スーパーで買ってきてくれた唐揚げ、コロッケです。
「スーパーにはパンがない」って言っていました。

暖かいおにぎりはとてもおいしかったです。

駅に様子を見に行ってくれた人、外の人の流れを見て、12時前に会社を出ました。
社外に出たその解放感!
閉じ込められていた感はなかったけれど、普通ではなかったんだと思いました。

13時半、家に着きました。

家には4匹の猫が留守番をしていました。
猫だけで大地震を体験し、一晩餌がなく、トイレが汚れたまま・・・
とても心配でした。

ドアを開けて、みんなの名前を呼んでみました。
駆け寄ってくれて、とてもうれしかったです。
すぐに餌を与えトイレの世話をしました。

少し落ち着いて、横になりました。

posted by たまポン at 00:43| 神奈川 ☁| Comment(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月20日

一週間。11日

東北地方太平洋沖地震が起きて、一週間が経ちました。
被災にあわれたみなさまに、心よりお見舞い申し上げます。

この一週間の私の出来事です。

☆11日14時26分
私は、東京都港区職場にいました。

私用電話をかけるため、席を離れて、共同スペースの窓際にいました。
数日前にも地震があって、今回もそんなものだどうと思っていました。
(数日前の地震は、長かくて驚きましたが、机の下に隠れることないくらいでした。)
揺れてきましたが、窓がら外を見ると、歩いている人は、まったく気づいていませんでした。
電話先の方から、「揺れてきたので、電話を切りたい」と言われ、電話を切りました。
(その方とは、19日にお目にかかることができました。)
しばらく外を見ていると、人口池の水が大きく揺れ始めました。
それでも、歩いていいる人は平常のままです。
そのうち、立っていられなくなり、しゃがみました。
外の様子が気になったので、目の高さまで窓に出しました。
だんだんと、歩いている人も異変に気付き、立ち止り始めました。
近くのビルから、人々が外に出始めました。
揺れは続き、外を見る余裕もなくなり、しゃがんでいると、防煙ドアのストッパーがオープンになったのか、大きく揺れ始めました。
カンカンと音を立てながら、何度か揺れて、最後には閉まりました。
恐怖心より、支えが出来たことを感じて、少し落ち着きました。
何分経っているか、わかりません。
誰もいない、しゃがんだまま、動けない状態でいると、同じ職場の人が、階段につながるドアを開けて入ってきました。
その人は、別の階に行っていて、そこで揺れ始めたそうです。
落ち着いたので、自分の職場の階に戻ってきました。
2人とも、同じ職場の人に出会い、安心しました。
2人で、職場に戻ろうとした時、防煙ドアの小ドア、人が通れるドアが開いて、職場の人が来ました。
またいで、ドアを通り抜け、職場に戻りました。

職場では、大勢のためか、騒いでいたようです。
少し落ち着いて、自販機に行き飲み物を買おうとしましたが、ほとんどが売り切れになっていました。
揺れは何度かあり、1度座っていられないくらいのがありました。

仕事を続けているうちに、交通機関の不通が伝えられました。
明るいうちに家に帰りたいを思う人が出始め、社内が落ち着かなくなりました。
私は開通してからゆっくり帰ろうと思い、様子をみていると、当日中の交通機関の開通はムリということがわかり、「会社泊」の可能性が出てきました。
社内放送で、「会社は安全、備蓄食糧を配ります」と案内がありました。
自力で帰宅する人、待機する人、泊る人、名簿作成が始まりました。

・・・
この日は、備蓄食糧を食べ、夜が開けるのを待ちました。








posted by たまポン at 17:42| 神奈川 ☁| Comment(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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